恋心、弾ませて/恋のレッスン初級編 - 8/10

「恋のレッスン──初級編7」

休日というだけでワクワクするのに、そこに好きな人がいるというだけで飛び上がりたいほどに嬉しい気持ちになる。
炭治郎は顔がにやけてしまうのを止められないまま、DVDジャケットの背に指をかけた。数多くのDVDがところ狭しと詰め込めれた棚から、とある映画を一本取り出したところで、背後から煉獄が炭治郎の肩を叩いた。
「観たいものは決まっただろうか」
「は、はい!」
にこっと笑みを見せる煉獄はゆるりとした私服姿で、また炭治郎もこんもりとしたコートを着ていて制服などではない。一見すれば年の差のある兄弟のようにも見える二人は、これからの予定に心を弾ませていた。

「君に映画をプレゼントしたい」
と、熱っぽい言葉を耳もとに吹き込まれたのはほんの数日前の社会科準備室での出来事だ。いつものようにお茶をご馳走になっていると、急に顔を近付けてきた煉獄に問いかけられたのだ。
「映画は好きだろうか」
はい、好きですと震える声で口にした炭治郎は、映画が好きなのか、煉獄が好きなのか一瞬わからなくなってしまった。煉獄は続けた。
「とは言え、映画館と俺は相性が悪くてな、映画館には連れて行けないんだ」
「で、出禁にでもなったのですか?」
「ははっ、いやいや、そうじゃないんだ。そうだな……俺はとにかく些細なことで大笑いしてしまうんだ、君も知っていると思うが……」
「はあ」
「君に映画をプレゼントしたいが、映画館には行けない」
「そ、そうですか」
「だから、うちで映画を観ないか」
鼓膜の中に吹き込む悪魔のような誘いに、迷える子羊である炭治郎が否と応えることはできなかった。そうして休日、煉獄とレンタルDVDショップに赴いてきたわけだ。
学校でもない場所で、自分よりもずっと年上の人と映画を観るのだ、これから、大人の男が住む部屋の中で。
炭治郎は、会計を済ませている煉獄の後ろでこっそり大きく唾を飲み込んだ。

「お邪魔します」
と、ギクシャクしながら上がった煉獄の家はあちこちにダンボールが転がっており、彼のきっちりとした印象とは違って雑然としていた。それに相反するように廊下や部屋には汚れも、埃だって一つもない。首を傾げる炭治郎に、「引っ越ししたばかりなんだ」と煉獄は眉を下げた。
「全く片付いていないが、まあ、ゆっくりしていってくれ」
「片付け手伝いましょうか?」
「いやいや、君と居られる時間が勿体無いから気持ちだけ有り難く頂くよ。そこのソファで適当に寛いでいてくれ、準備は大人に任せてほしい」
煉獄に促されるままに通されたリビングだけはきれいに片付いており、壁には大きなテレビが掛かっていた。テレビの前には、ガラス製のローテーブルが輝いている。炭治郎は両手を塞いでいたパンパンに膨らんだレジ袋を下ろした。そしてテーブルの上に煉獄と共に買ってきた袋入りのポップコーンや、ペットボトルのジュースを並べて、こちらも準備は万端である。
「準備は俺に任せて欲しかったんだがな」
苦笑しながらリビングに入ってきた煉獄は、すっかり上着を脱いでいる。身体にフィットする素材の衣服のせいか、彼の鍛え上げられた胸板が強調されていて、とても目のやり場に困る。そんな挙動不審な炭治郎の肩に、煉獄の手が触れる。
「コートは預かろう」
するりと肩から上着が引き抜かれて、タートルネックの子供っぽい炭治郎が煉獄の眼前に晒される。しばしの沈黙の後、煉獄は「大人しく待っていなさい」と言って、コートを腕にかけながら別の部屋へと足を向けてしまった。
彼の一挙一動が、心臓を暴れさせる。
好きだ。
純粋で、単純な気持ちが喉元までせり上がってくる。
思わせぶりな態度をする煉獄のせいでもあるけれど、やっぱり何度思い返しても、炭治郎は煉獄のことが好きだった。十六歳という多感な時期というものは、気持ちに迷いがなく、真っ直ぐである。真っ直ぐであるからこそ、厄介なのだ。

社会科準備室のソファとは違って、煉獄の自宅のソファは身体が沈み込みそうなほどに柔らかい。煉獄と隣り合うように座ると、男二人の体重ごと沈み込んで、僅かに肘が触れ合ってしまう。おかげ様で、身体の線が浮き出た煉獄の肉体に、否が応でも炭治郎の気持ちが向いてしまう。いつもは白いシャツの中に隠してある肉体美がそこにあって、どこに目を向けたらいいのかわからない。
「この部屋は防音がしっかりしているんだ」
レコーダーを操作しながら煉獄は言った。
「だから、いくら声を出しても大丈夫だ」
何かしら色を含んだ言い回しに、炭治郎は目が回りそうになる。
選んだ映画は何であったか、確かパニック映画だ。ゾンビとかが出てくる、そういった映画で、主人公たちが危機を打破していく爽快な映画だったはずだ。炭治郎はむんっと唇を尖らせ、テレビ画面に集中することにした。
教師の自宅で生徒が映画を観るという異常事態から、気持ちを逸らすように。

「あっはっはっ! ははっ、ははははーっ!」
そんな子供の動揺や緊張なんて、煉獄のとびきり大きな笑い声に吹き飛ばされた。画面ではゾンビが唸り声を上げながら迫って来ているが、そこに笑いを堪え切れなくなる要素などどこにもない。けれど煉獄は自身の膝をバシンバシンと大仰に叩きながら、目に涙が浮かぶほどに笑い出してしまったのだ。なるほど、映画館を出禁になるのも頷ける豪快な笑い方である。いや、出禁にはなっていないと言っていただろうか。
「いやいやそれはっ、ははははっ、あっはっはっ!」
モブキャラが銃を乱射し、ゾンビの内蔵が飛び散るシーンですらも腹を抱えて笑い転げる煉獄に、最初こそおろおろしていた炭治郎も、次第にその様子に「ぷっ」と吹き出してしまった。
何が笑いのトリガーなのか全くわからない。わからないけれど、こんなにも映画を観て感情を豊かに表現できる人のことを、好きにならないわけがなかった。
だから炭治郎も一緒になって、煉獄とともに顔を見合わせて笑った。笑って、笑い転げて、お涙頂戴のシーンだけは揃いも揃って涙ぐんで、エンドロールが流れる頃には、自然と手を繋いでしまっていた。
停止画面になったままのテレビを放って、煉獄は炭治郎の手に触れてくる。指と指の間に太い指を差し入れて擦るように揉んではつうと手の甲のほうへと指を滑らせて、また指先へと触れて。その度に跳ねてしまう炭治郎の肩に気が付いているのだろうか。
「せ、先生……」
「うん?」
「喉、乾きませんか……」
「そうだな」
話題を逸そうとしたけれど、煉獄は炭治郎の手を弄ぶことを止めてくれない。先程まで笑っていたくせに、今はすっかり静かになって、炭治郎に悪戯を仕掛けてくる。大人に、それも自分よりも身体の大きな男の人に手を弄られることが、どんなに、どんなに──と炭治郎は吐息を揺らす。
「君は感度がいいな」
ふっと笑う気配がして、そろりと目を向ける。煉獄の目は、学校で見る彼の顔よりもずっと、甘い色を湛えていた。そんな目で見られたら、こんな風に弄ばれたら、勘違いしそうになる。そう、炭治郎はれっきとした思春期の中にある、多感な時期の男なのだから。勘違いしたっておかしくはない。
「す、好きです」
煉獄の燃えるような瞳を見上げながら、炭治郎の目は潤んでいく。
「煉獄先生が、好きです……」
その声は、静かな部屋にしっとりと染み入るように消えていく。二人ぶんの呼吸だけがこの世界に存在しているようだ。ここには、煉獄と炭治郎しかいない。二人を取り巻く環境から切り離されてしまったみたいだ。
ふいに、触れられていた手がぎゅっと握りしめられた。煉獄の目の奥で、篝火が弾けるような気配がした。目は口ほどに物を言うというけれど、まさしく言葉の通り、煉獄の目は多くを語っていた。
「すまない、君を……好きにはなれない」
それなのに煉獄の口からは相反する言葉が返され、
「この話はこれでお終いだな!」
と、鼓膜がビリビリするような声で幕を下ろされた。それでもしばらくは繋いだ手を離してくれず、炭治郎は顔の熱を冷ます暇も無く、また煉獄と共に映画を鑑賞した。
パニック映画とは違って、やたらラブシーンの多い刺激的な映画で、炭治郎は恨みがましく煉獄の手を握り締めた。それでも強く握り返されるだけで、煉獄はそれ以上を口にしなかった。失恋したのか、していないのかよくわからないまま、炭治郎は煉獄への想いに胸を焦がすばかりだった。

rntnワンドロワンライお題「この話はこれでお終いだな!」

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