「恋のレッスン──初級編5」
昼休憩に母親手製の五段弁当を頬張ることが、煉獄の日課である。この学校に赴任した当初はその巨大な重箱を目にした教師たちが皆ギョッとしていたが、今ではすっかり当たり前の光景となっている。むしろ、煉獄が通常の弁当箱でも持ち込もうなら体調不良を疑うくらいには、教師たちの感覚も随分と麻痺してしまっているくらいだ。
さて、そんな重箱を一段一段味わっている煉獄の所に、普段は見ないとある教師がやって来た。常に青いジャージ姿の体育教師、冨岡義勇だ。彼は静かに煉獄のデスクに向かうと、黙々と食事をしている煉獄の背に声をかけた。
「煉獄、話しがある」
「うむ、竈門少年の話しか!」
「ああ」
僅かな問いかけだけで瞬時に冨岡の言わんことを察した煉獄に、冨岡は当然だとばかりに頷いた。煉獄の隣で愛妻弁当をつついていた美術教師の宇髄は、会話のキャッチボールにすらなっていない二人に目を上げた。
煉獄は箸を止め、冨岡を振り返る。どこを見ているかよくわからない梟のような目に見上げられても、冨岡の顔には表情一つ表れない。
「あいつには手を出すな」
「冨岡、何を勘違いしているのかわからんが、俺は竈門少年をどうこうするつもりはない! それよりも、毎日毎日竈門少年にホイッスルを鳴らして追いかけ回す君のほうもどうかと思う!」
「校則違反だ」
「理事長の許可は得ているはずだ! 無用な追及はいたいけな少年の心を傷付ける、よって今すぐ付き纏いを止めることだな!」
「俺は付き纏っていない」
通じ合っているのか通じ合っていないのか、一貫しない二人の会話に宇髄も箸を置いた。この二人が言い合う姿を間近に見られることが面白いのだろう、宇髄の顔にニタリとした笑みが灯る。
「冨岡、俺は竈門少年に手を出した覚えは無いし、これからも手を出すつもりはない! この話しはこれで終いにしよう!」
「放課後、竈門と何をしている」
一瞬の沈黙。煉獄の目がカッと見開かれたが、相対する冨岡はやはり感情の起伏が乏しくて、外野からは何を考えているのかわかりづらい。ただ、煉獄の態度には外野であっても気が付くところはあるので、宇髄は「ふうん」と自身の顎を撫でた。
「それで、竈門少年と俺が共に居て、君に何か迷惑をかけただろうか」
「嫌がることはするな」
「そんなことはない、竈門少年はいつも喜んで俺のところに来てくれるぞ。逃げ出したくなるような君とは違って」
「──などと意味不明の供述をしており、煉獄くんは自身の悪事を隠蔽しようとしていまーす」
宇髄の悪戯な横槍に、煉獄と冨岡両名の視線が刺さる。龍虎のような恐ろしいオーラを放つ二人に凄まれてもニタニタと笑っていられるのは、宇髄くらいなものだろう。彼はギラリと光る自身の派手なピアスに触れながら、「お前さ」と煉獄に目を向けた。
「けっこう危ない橋を渡っていること、自覚してんのかって言ってんだよ、冨岡はな」
「竈門少年と俺はそういう仲ではない」
「いや、そういう仲とか言っちゃうのがダメだっつってんの」
宇髄は、彩り鮮やかな指先でビシリと煉獄を指差した。
「お互いがお互いに好き合ってるなら言うことはないが、無理矢理に関係を進もうとしているように見えんだよ、だからそれを忠告してあげてんの」
「未成年に手を出すのは犯罪だ」
宇髄の言葉に乗って追撃しているつもりなのか、冨岡もぼそりと爆弾を落としてきた。煉獄は冨岡を見上げ、それから宇髄を見つめた。くわっと更に目を大きく広げて。
「俺は犯罪者ではない!」
「そうならないように、俺ら忠告してんの、わかる?」
「警察に行こう、煉獄」
「俺は竈門少年に何もしていない!」
煉獄の一際大きな声は、校舎中を駆け巡り、件の竈門少年のもとへと届いたとか、届かなかったとか。
真意のほどは定かではないが、その日の放課後にやって来た竈門炭治郎の顔が妙に火照っていたのは事実である。
いつものように社会科準備室に訪れた竈門炭治郎は、忍び込むというよりは入室の可否を問うようにドアから顔を覗かせた。入ってもいいですか。なんて、真っ赤な顔で問われてしまったら、煉獄は穏やかに微笑むしかない。
「おいで、竈門少年」
お茶でもご馳走しようかと煉獄が問いかけると、竈門炭治郎はぱあっと顔を輝かせて、準備室の中へと入ってきた。その様子は尻尾を振って甘える子犬のようでもあり、愛くるしい子供でもあった。そうだ子供だ、竈門炭治郎はまだ子供だった。それでも煉獄は竈門炭治郎に声をかけずにはいられない、彼に触れたくてたまらない。それは、他の子供には思い浮かぶことのない衝動であり、本当に竈門炭治郎にだけ生じるものなのに、それを証明する術も今のところない。けれどそれを、他の誰かに糾弾されたくもない。
「座って待っていてくれ、すぐ出来る」
竈門炭治郎は素直に頷いて、恐る恐るといった様子でソファに腰を下ろした。古いソファ特有の軋みが、自分たちをもっとあやしい世界へと導いている気はした。それでも煉獄は竈門炭治郎にお茶をご馳走してしまうし、彼の喉元が上下する様をじっとりと見つめてしまう。その度に竈門炭治郎の顔が真っ赤に染まっていく様子が、何よりも愛おしいから───。
「手放せそうにないな」
零した言葉に、竈門炭治郎の小さな肩が跳ねる。物言いたげな目をする子供の頬に人差し指で触れて、瑞々しい感触に目を細める。この行為がどんな風に相手の心を縛っていってしまうのか、わからないふりをして。触れるか触れないか、ギリギリで相手の心に触れる行為を、何と呼べばいいのか。何も、わからない愚かなふりをして──。
rntnワンドロワンライお題「・・・・・・などと意味不明の供述しており、」

※コメントは最大1000文字、50回まで送信できます